チョウ(蝶)は、ハエなどの昆虫と比べてはるかに豊かな色の世界を見ていることをご存じでしょうか。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC San Diego)の研究チームは、この優れた色覚を生み出した遺伝的な仕組みを特定し、さらに驚くべきことに、脳は新しい感覚入力が生まれる前からすでにその受け入れ準備ができていたことを明らかにしました。多くの昆虫は、無数の小さなレンズが集まった複眼を通して世界を見ています。レンズの奥には8個の光受容細胞(photoreceptor)が一組になって並んでおり、この構造は数億年にわたって昆虫の間で保存されてきたと考えられています。
ところがチョウは例外です。チョウの複眼は1ユニットあたり9個の光受容細胞を持ち、ハエなどの昆虫よりもはるかに豊かな色の世界を認識できます。これにより、花の蜜のありかや、仲間となる個体を見分ける能力を得ていると考えられています。
UC San Diegoの生物科学部 細胞・発生生物学科で准教授を務めるマイケル・ペリー(Michael Perry)准教授の研究チームは今回、チョウにこの「視覚的アドバンテージ」をもたらした遺伝的変化を特定しました。
「チョウがハエよりもはるかに多くの色を見分けられるのは、進化のどこかの時点で、複眼の各ユニットに光受容細胞を1つ追加したからです。これは、数億年にわたって昆虫全体で保存されてきた眼の設計からの稀な逸脱です」とペリー准教授は説明します。「私たちは、その変化を生んだ遺伝的スイッチを見つけました」。
学術誌Science Advancesに掲載された今回の研究で、ペリー准教授らは、世界で最も広く分布するチョウの一種であるヒメアカタテハ(painted lady butterfly)において、9個目の光受容細胞が生まれる遺伝的なステップを特定しました。ハエがR1からR8と呼ばれる光受容細胞を持つのに対し、チョウは複眼の各ユニットに2つ目の「R7」光受容細胞を追加することで色覚を拡張していたのです。
この遺伝的変化だけで十分かどうかを検証するため、研究チームはショウジョウバエでこの変化を再現しました。通常はオフになっている遺伝子を、眼が形成される短い時期に限ってオンに切り替えたところ、1ユニットあたり8個ではなく9個の細胞を持つ、複眼が「チョウ型」に育った「バタフライ・フライ(butterfly fly)」が誕生しました。
しかし、新しい光受容細胞ができても、脳がその情報を受け取れなければ意味がありません。研究チームは当初、新しい感覚入力を受け止めるためには、脳側にもそれに対応する神経回路がゆっくり進化する必要があるはずだと予想していました。ところが実際には、そうした適応的な変化はまったく必要ありませんでした。
ハエの脳は通常、必要以上の数のニューロンを作り出し、接続相手が見つからなかった余剰なニューロンは死滅します。研究チームが明らかにしたのは、バタフライ・フライの脳が、この「予備」のニューロンを正確に使いこなし、新しい光受容細胞と結びつけていたという事実でした。
「新しい光受容細胞につなぐべき相手を与えてやると、予備のニューロンはすぐに生き残り、正しく配線されました。しかも追加の遺伝的変化は一切必要なかったのです」とペリー准教授。「つまり、眼が要求を出す前から、脳はすでに準備ができていたのです。これは、本来死ぬはずだったニューロンを進化が活用した、極めて具体的な実例と言えます」。
今回の発見は、柔軟な脳の仕組みを持つ昆虫が、花を咲かせる植物の広がりという環境の変化に適応し、新たな感覚情報を取り込んでいった進化の一端を示すものです。
さらに研究チームは、スズメガの一種が、ちょうどこの進化の途中段階にあることも発見しました。この蛾は複眼の下半分がチョウ型(1ユニットあたり2つのR7細胞)である一方、上半分はハエ型(1つのR7細胞)のままだったのです。これは、変化がまず眼の一部の領域から始まり、そこから徐々に広がっていったことを示唆しています。
研究チームは現在、「バタフライ・フライ」が実際のチョウのように、より鮮やかな色を見分けられるようになっているのかという、検証の難しい問いに取り組んでいます。
今回の研究「Sensory receptor expansion and neural accommodation in butterfly color vision(感覚受容体の拡張とチョウの色覚における神経系の適応)」は、学術誌Science Advancesに2026年10月7日付で掲載されました。
