私たちの体の中では、脳だけでなく、腎臓や筋肉、軟骨、髄膜といったあらゆる組織の細胞が、絶え間なく信号をやり取りしています。しかし、これまでの技術では、脳の活動を観察するか、特定の臓器を個別に調べるかのどちらかしかできず、体全体を横断する細胞レベルの“対話”を同時に捉えることはできませんでした。米国ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI: Howard Hughes Medical Institute)ジャネリア研究キャンパスの研究チームが、この限界を打ち破る新しいイメージング手法を「Nature」誌に発表しました。
研究を主導したのは、同キャンパスのグループリーダーであるミーシャ・アーレンス博士(Misha Ahrens)です。研究チームは、ポスドク研究員のヴィルジニー・リュッテン博士(Virginie Ruetten)らとともに、“WHOLISTIC(ホーリスティック、acronym: WHole-Organism Live-Imaging System for recording Tissue and IntraCellular activity)”と名付けた新技術を開発しました。
WHOLISTIC法では、遺伝子改変によって透明な幼魚ゼブラフィッシュのほぼすべての細胞に、カルシウム濃度の変化を光らせるセンサータンパク質GCaMP7fを発現させます。スピニングディスク共焦点顕微鏡を用いた高速な立体撮影と、独自の画像解析パイプラインを組み合わせることで、体長わずか数ミリの魚の全身にわたるほぼすべての細胞の活動を、秒単位の時間分解能で同時に記録することに成功しました。研究チームはさらに、透明な成魚として知られる“Danionella cerebrum(ダニオネラ・セレブラム)”でも、この手法が応用可能であることを実証しています。
この手法によって、研究チームは体のさまざまなスケールで、これまで知られていなかった現象を次々と発見しました。細胞レベルでは、冷たい刺激に対して軟骨細胞が反応したり、麻酔薬ケタミンに対して脳を覆う髄膜の細胞が反応したりする、予想外の応答が見つかりました。臓器レベルでは、腎臓のネフロン(腎臓の機能単位)に沿って、リズミカルに伝わる“進行波”のような活動パターンが観察されました。さらに複数の臓器にまたがるスケールでは、未知の筋肉間の協調(“筋シナジー”)や、筋肉と内臓の相互作用が明らかになりました。そして全身スケールでは、脳幹が体全体の血流の配分をコントロールしている様子までも捉えられています。
研究チームは、この全身イメージングを光遺伝学(オプトジェネティクス)と組み合わせることで、脳と体の相互作用について、単に観察するだけでなく、原因と結果の関係を実験的に検証する“全光学的”な解析にも成功しました。例えば酸素濃度を下げるストレスを与えた際には、腸への血流が減少し、複数の臓器でカルシウム濃度のベースラインが変化するといった、体全体が連動して応答する様子が確認されています。
研究チームは、この技術が単にカルシウムの動きを追うだけでなく、電位や膜の張力を検出する他の種類のセンサーにも応用できる汎用的なプラットフォームであるとしています。脳を中心に据えてきたこれまでの神経科学の枠組みを超え、体全体を一つのシステムとして捉える新しい生理学の時代を切り拓く成果として、今後の研究の広がりが期待されます。
