がんは「できてから治療する」のが当たり前——そう思われがちですが、がんになる前の"芽"の段階で進行を食い止める「インターセプション(がん化阻止)」という新しい考え方が注目されています。英国の研究チームは、肺がんの前段階となる病変に潜む免疫細胞の異常な働きを突き止め、血液検査による早期発見と治療介入の可能性を示しました。
この研究は、2026年10月7日に学術誌Natureに「A preinvasive regulatory T cell axis for lung cancer interception(肺がんのインターセプションのための前浸潤性制御性T細胞回路)」というタイトルで発表されました。研究を主導したのは、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などに所属するジェームズ・リーディング博士(James L. Reading, PhD)の研究チームです。
非小細胞肺がん(NSCLC: non-small cell lung cancer)は、世界で年間推定180万人の命を奪う疾患です。早期発見・治療の進歩にもかかわらず予後は依然として厳しく、新たな予防戦略が求められています。近年、肺がん検診の普及により、がん化する前の「前浸潤性病変」が数多く見つかるようになったものの、どの病変が実際にがん化するのかを見極める手段は限られていました。
研究チームは、気管支の自家蛍光観察(AFB: autofluorescence bronchoscopy)とCT画像による追跡調査を受けている患者から採取した気道組織を、シングルセルRNA配列解析(scRNA-seq)で詳しく調べました。その結果、がん化リスクの高い高度異形成病変(HGL: high-grade lesion)では、「BATF」というタンパク質を発現する"エフェクター制御性T細胞(eTreg細胞)"が蓄積していることを発見しました。この細胞は、免疫を強く抑制する性質を持つことが知られています。
さらに興味深いのは、このBATF陽性制御性T細胞が、病変局所だけでなく血液中を循環する細胞ともクローン(起源を同じくする細胞集団)として結びついていた点です。つまり、病変が進行するにつれて血液中を流れる制御性T細胞も増えていくことが分かり、血液サンプルを調べるだけで肺がんの進行を追跡できる可能性が示されました。実際に、マウスと人間の両方で、循環血中のeTreg細胞が肺がんの発生を反映して変動することが確認されています。
研究チームはさらに、マウスを使った実験で、PI3Kδ(ピーアイスリーキナーゼ・デルタ)という酵素を阻害する薬剤「PI-3065」を投与したところ、制御性T細胞が豊富な異常なリンパ組織の形成が抑えられ、循環血中・肺組織内の制御性T細胞が減少し、逆にがんと戦う樹状細胞(cDC1)が増加して、肺がんの発生率や腫瘍サイズが縮小することも確認しました。
これらの成果は、血液や気道組織を介して肺・リンパ節・循環の間をつなぐ"制御性T細胞ネットワーク"が、がんになる前の段階から働き始めていることを示す初めての知見です。研究チームは、このネットワークを標的とすることで、肺がんを「がんになる前」に発見し、治療介入する新たな戦略(セラノスティクス)につながる可能性があるとしています。
