大腸がんの中でも治療が難しいとされる「KRAS変異」を持つタイプ。その進行には、実は腸内に棲む特定の細菌が一枚噛んでいるかもしれません。今回、香港中文大学の研究チームが、KRAS変異によって腸内で増殖しやすくなる細菌が、がん細胞の増殖シグナルをさらに後押ししていることを突き止めました。がん遺伝子と腸内細菌が手を組むようにして進行を早める、意外な仕組みが見えてきました。
研究の概要
本研究は、Cell Host & Microbe誌に2026年9月4日にオンライン掲載された論文「Bacteroides acidifaciens Enriched by KRAS Mutation Promotes Colorectal Tumorigenesis(KRAS変異によって富化されたBacteroides acidifaciensが大腸腫瘍形成を促進する)」に基づきます。筆頭著者はイン・ジャオ博士(Ying Jiao, PhD)、責任著者はジュン・ユー博士(Jun Yu, PhD)で、いずれも香港中文大学(The Chinese University of Hong Kong)の所属です。大腸がん(CRC: colorectal cancer)は、腫瘍内の微生物叢と宿主の遺伝子変異の両方が関わる多因子疾患であることが知られていますが、KRAS遺伝子の活性化変異(RAF-MEK-ERK経路を介して細胞増殖を促す代表的ながん遺伝子変異)が腫瘍内の細菌叢をどのように変化させ、がんの進行を後押ししているのかは、これまで十分に解明されていませんでした。
主な発見
研究チームは、KRAS変異を持つ大腸がん患者138例の腫瘍サンプルと、腸特異的にKRASG12D変異を導入したマウスモデルを解析しました。その結果、「Bacteroides acidifaciens(バクテロイデス・アシディファシエンス)」という腸内細菌が、KRAS変異を持つ腫瘍で顕著に増加していることが判明しました。さらに、この菌の存在がKRAS変異を持つ大腸がん患者の予後不良と関連していることも確認されました(野生型KRASの患者では、こうした関連は見られませんでした)。
メカニズムの面では、B. acidifaciensが産生する「SusF」というタンパク質が、細胞内のARHGEF2タンパク質と結合してこれを安定化させ、活性化したKRASおよびその下流のRAF-MEK-ERKシグナル伝達をさらに増強することが示されました。SusFを欠損させた菌株や、ARHGEF2遺伝子をノックアウトした細胞では、この促進効果が消失しました。実際にB. acidifaciensをKRAS変異マウスに投与すると、腫瘍の数と総重量が増加し、異形成(前がん病変)も悪化することが確認されています。一方、KRAS野生型のマウスや細胞では、同じ菌を投与しても腫瘍促進効果は見られませんでした。
手法の特徴
研究チームは、患者由来の腫瘍サンプル(138例、および検証コホート199例・27例)の微生物叢プロファイリングと、腸特異的KRASG12Dマウスモデルでの機能解析を組み合わせました。さらに、KRAS変異の有無で揃えた等遺伝子的な大腸がん細胞株を用いた共培養実験や、細菌投与実験、SusFとARHGEF2の結合解析、遺伝子ノックアウトによる機能検証など、多角的なアプローチでメカニズムを裏付けています。
意義・今後の展望
本研究は、KRAS変異ががん細胞そのものだけでなく、腸内の微生物環境まで変化させ、その変化がさらにがんの進行を後押しするという「フィードフォワード」的な悪循環を明らかにしました。研究チームは、KRAS変異によって増えるB. acidifaciensを標的とした治療戦略が、KRAS変異大腸がんの進行を抑える新たなアプローチになりうると指摘しています。今後、腸内細菌叢を標的とした大腸がんの予防・治療法の開発につながることが期待されます。
