遺伝子治療やmRNAワクチンの効果を左右する「RNAをいかに細胞まで届けるか」という課題に、AIが設計した"人工ウイルス"が新たな解決策をもたらすかもしれません。ドイツの研究チームが、天然には存在しない構造を持つ合成タンパク質を人工知能で設計し、既存の脂質ナノ粒子(LNP: Lipid Nanoparticle)やウイルスベクターをはるかに上回る効率でRNAを細胞内に送り込むことに成功しました。
この研究成果は、2026年9月2日に『Nature』誌に掲載されました。オープンアクセス論文のタイトルは「Creating bottom-up RNA transfer vehicles from synthetic protein assemblies(合成タンパク質アセンブリーからのボトムアップ型RNA輸送体の構築)」です。研究を主導したのは、ドイツ・ヘルムホルツ・ミュンヘン(Helmholtz Munich)およびミュンヘン工科大学(TUM)のヴォルフガング・ヴルスト博士(Wolfgang Wurst)で、筆頭著者はマレン・キルスティン・シューマッハー博士(Maren Kirstin Schuhmacher)です。
ウイルスベクターやLNPは現在、遺伝子治療やmRNA医薬の主要なRNA運搬手段ですが、効率・特異性・安全性、そして運べるRNAの種類に限界があります。特にウイルスカプシドは、進化の過程で似たような形やサイズに収束してしまっており、自然界のタンパク質多様性の枠を超えることができません。そこで研究チームは、AIによるタンパク質構造生成モデル「RFdiffusion」を用いて、自然界には存在しない対称構造を持つ合成タンパク質アセンブリーを一から設計し、ボトムアップでRNA輸送体を組み立てるという新たなアプローチに挑みました。
研究チームはAIで生成した正二十面体・二面体対称・巡回対称性を持つ合成タンパク質アセンブリーに、細胞膜結合ドメインや出芽(バッディング)を助けるドメイン、RNA結合ドメインを組み合わせ、「合成型RNA輸送体(STV: Synthetic Transfer Vehicle)」を100種類以上作製しました。それぞれについてRNAの放出効率・取り込み効率・遺伝子発現効率を系統的に評価し、最も性能の高い候補を絞り込みました。
その結果、8回対称(C8対称性)という自然界のウイルスには見られない構造を持つ「STV-C8」が最も優れた性能を示しました。STV-C8は、対照(膜結合ドメインを欠いたもの)と比べてRNAを1万倍以上(>10,000-fold)濃縮して取り込むことができ、既存のLNPやウイルス様粒子と比べて大幅に高いRNA導入効率を達成しました。同じ量のタンパク質を発現させるのに必要なRNA量も大幅に少なくて済むことが分かりました。さらに、細胞表面に結合する計算設計ペプチドを組み合わせることで、送り届けたい細胞の種類(トロピズム)をプログラムできることも示されました。実際に、レポーター遺伝子だけでなく、ゲノム編集ツールや抗ウイルス因子、転写因子など、多様な種類のRNAを幅広い細胞種・生物種に届けられることが確認され、マウスでは肺への指向性と安全性が、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD: Duchenne Muscular Dystrophy)治療を想定したモデルでは、患者由来細胞やブタの筋肉でCRISPR-Cas9によるゲノム編集の送達にも成功しました。
今回の成果は、自然進化が生み出した形の制約を超えて、目的に応じた性能を持つRNA輸送体をゼロから設計できることを示した点で意義があります。研究チームは、この技術が遺伝子治療やRNA医薬の標的化・安全性向上に役立つ新たなプラットフォームになるとみており、将来的にはスピンオフ企業を通じた実用化も視野に入れているといいます。
