ワクチンを接種すると、体の中で何年も、時には何十年も抗体を作り続けてくれる細胞がいます。その"長寿"の秘密は、骨の奥深く、骨髓の中に隠されているのかもしれません。今回ご紹介するのは、ヒトの骨髓環境を忠実に再現した"骨髓オンチップ"モデルを使い、抗体分泌細胞(ASC: antibody-secreting cells、形質細胞)がどのように骨髓の中で生き延び、動き回るのかを詳細に解明した研究です。
この研究成果は、2026年9月に学術誌『Science Advances』に「Ex vivo bone marrow subniches influence the fate of human antibody-secreting cells(骨髓サブニッチがヒト抗体分泌細胞の運命に与える影響)」というタイトルで掲載されました。研究は米ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)のアンカー・シン博士(Ankur Singh, PhD)と、米ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)のクリシェンドゥ・ロイ博士(Krishnendu Roy, PhD)らの研究チームによるもので、米国立衛生研究所(NIH: National Institutes of Health)の支援を受けています。
研究チームは、ヒトの免疫オルガノイドから作り出した抗体分泌細胞を、微小血管を備えた灌流可能な"ヒト骨髓オンチップ(hBMOC)"モデルに導入しました。このモデルは、骨の表面に近い「骨内膜ニッチ(endosteal niche)」と、血管の周囲に広がる「血管周囲ニッチ(perivascular niche)」という、骨髓内の異なる2種類の微小環境を再現できる点が特徴です。
タイムラプス顕微鏡による単一細胞レベルの追跡の結果、抗体分泌細胞はランダムに動き回るのではなく、積極的に血管周囲ニッチへ移動し、そこに集積してクラスターを形成することが分かりました。血管周囲ニッチでは、CXCL12やVCAM-1といった生存因子が豊富に存在し、抗体分泌細胞の生存を支えていました。一方で、骨内膜ニッチを取り除く実験を行うと、動きの速い細胞の割合や速度が増加し、逆に抗体分泌細胞の数や抗体分泌量、IL-6やCXCL12の発現は減少しました。これは、骨内膜ニッチが細胞の運動性を抱え、骨髓内に留まらせる役割を担っていることを示しています。
さらに、全体の約25%の細胞が、動いたり止まったりを繰り返す"stop-and-go"型の特徴的な移動パターンを示し、これはCXCR4とCXCL12のシグナル伝達によって部分的に制御されていることも確認されました。培養12日目には、CD138陽性の成熟した形質細胞の割合が約56%まで増加し、増殖マーカーKi67は低下、生存に関わるBcl-2は上昇するなど、細胞が長期生存型の成熟した形質細胞へと移行する様子も観察されました。さらにBAFFやIL-21といった生存因子を添加すると、わずか4日以内に抗体分泌細胞の数や抗体(抗H1N1 IgG)の分泌量が有意に増加しました。
研究チームは、骨髓を一様な環境としてではなく、血管周囲ニッチと骨内膜ニッチが連携して抗体分泌細胞の運命を制御する"生態系"として捉え直す必要があると結論づけています。この知見は、ワクチンの効果がどのくらい持続するのか、年齢とともに形質細胞の機能がどう変化するのか、免疫関連疾患がどのように生じるのかを理解するための新たな基盤になると期待されています。
