重度の低血糖が脳に与える影響は、糖尿病患者さんにとって長年の懸念事項でした。なぜ一時的な代謝の乱れが、持続的な認知機能の低下を招くのか――。その謎を解き明かし、脳を守るための新たな光を照らす画期的な研究成果が発表されました。

脳の特定部位を守れ:低血糖による認知障害を防ぐ新たなメカニズムの発見

ソウル大学校(Seoul National University)のオビン・クォン博士(Obin Kwon)らの研究チームは、論文「Retrosplenial cortex vulnerability links severe hypoglycemia to cognitive impairment through neuron-microglia crosstalk(膨大後皮質の脆弱性が神経細胞とミクログリアのクロストークを介して重度低血糖と認知障害を結びつける)」において、低血糖による脳損傷の新たなメカニズムを明らかにしました 。

 

ターゲットは「膨大後皮質」

研究チームは、マウスを用いた急性重度低血糖モデルと網羅的なスクリーニングにより、膨大後皮質(RSC: retrosplenial cortex)という領域が、低血糖によるダメージに対して非常に脆弱であることを突き止めました 。この領域は空間メモリの保存や想起に不可欠な部位であり、低血糖を経験したマウスでは、このRSCにおける神経細胞の損傷とともに、空間学習や記憶能力の低下が確認されました 。

 

神経細胞とミクログリアの「負の連鎖」

研究では、この損傷が神経細胞と免疫細胞の一種であるミクログリア(microglia)の間の「クロストーク(相互作用)」によって増幅されることが示されました 。

  1. ミトコンドリアの異常な分裂:低血糖ストレスにより、神経細胞内でDrp1(dynamin-related protein 1)というタンパク質に依存したミトコンドリアの断片化(分裂)が起こります 。
  2. 炎症シグナルの放出:活性化したミクログリアから炎症性サイトカインであるインターロイキン-1β(IL-1β: interleukin-1beta)が放出されます 。
  3. フィードフォワード回路:これらが互いを刺激し合うことで、損傷が進行する悪循環(フィードフォワード回路)が形成されます 。

 

治療への新たなアプローチ

驚くべきことに、ミトコンドリア分裂抑制剤(mdivi-1)や、臨床ですでに承認されているインターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1ra: interleukin-1 receptor antagonist)を用いてこの回路を遮断すると、神経損傷が抑えられ、認知機能の低下も防げることが判明しました 。

クォン博士らは、このメカニズムが糖尿病モデルマウスでも同様に機能することを確認しており、将来的にインスリン治療を継続しながら、低血糖による脳への悪影響のみを標的とした治療戦略につながる可能性を指摘しています 。

https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.03.27.714654v1

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