血液検査で「臓器ごとの老化度」がわかる時代へ
加齢は全身で一様に進むわけではなく、臓器や細胞の種類によって進行の速さが異なることが知られています。しかし、こうした細胞レベルの老化の違いを把握するには、これまで組織の採取や動物モデルを用いた解析が必要で、臨床現場で広く使うことは困難でした。この度、米スタンフォード大学のトニー・ウィスコレイ教授(Tony Wyss-Coray)らの研究チームは、血液中のタンパク質を網羅的に測定する「血漿プロテオミクス」の手法を使い、採血だけで40種類以上の細胞集団ごとの生物学的年齢を推定し、将来の疾患リスクを予測できることを示しました。研究成果は2026年6月15日、学術誌「Nature Medicine」に掲載されました。論文タイトルは、「Plasma proteomic signatures of cellular aging predict human disease(血漿プロテオミクスによる細胞老化シグネチャーはヒトの疾患を予測する)」です。
7000種類超のタンパク質を細胞の由来ごとに分類
研究チームは、合計6万542人分のデータを、GNPCコホート(14,281人、SomaScan技術)、UKバイオバンク(44,458人、Olink技術)、1946年英国出生コホート(1,803人、SomaScan技術)という3つの独立集団から収集しました。ヒトタンパク質アトラス(Human Protein Atlas)のデータを使い、血漿中の7000種類を超えるタンパク質のうち、特定の細胞種で2倍以上高く発現しているものを、その細胞に由来する「シグネチャー」として分類しました。さらに、健康な集団のデータを使って機械学習モデルを訓練し、神経細胞、免疫細胞、グリア細胞、内分泌細胞、上皮細胞、筋骨格系の細胞など40種類以上の細胞集団について、それぞれの「生物学的年齢」を推定できるようにしました。推定された年齢と実年齢との差(エイジギャップ)をスコア化し、異なる測定プラットフォーム間でも比較できるようにしたうえで、最長15年にわたる疾患発症・死亡の追跡データと照合しています。
特定の細胞だけが「老化」すると疾患リスクが跳ね上がる
解析の結果、被験者の20~25%で単一の細胞種のみが加速的に老化しており、1~3%では10種類以上の細胞集団が同時に加速老化していることがわかりました。こうした細胞老化シグネチャーは、実際の疾患の発症や死亡リスクと関連していました。例えば、アルツハイマー病の主要な遺伝的危険因子であるAPOE4を両方の対立遺伝子に持つ人では、脳内のアストロサイト(星状膠細胞)の老化が進みやすく、逆に免疫細胞であるマクロファージは若返る傾向が見られました(APOE2保有者では逆の傾向)。アストロサイトの老化が特に進んでいた人では、APOE4を2つ持つ場合のアルツハイマー病発症リスクが約3倍に上昇した一方、アストロサイトが若々しい状態を保っていた人ではリスクが低下していました。骨格筋細胞の老化が著しく進んでいた人では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症リスクが12.7倍に上昇し、喫煙者の中でも呼吸器上皮細胞の老化が進んでいた人では、肺がんリスクが喫煙単独の場合と比べてさらに58%上昇していました。一方で、免疫系や神経系の細胞が若々しい状態を保っていることは、疾患リスクに対して保護的に働く傾向も確認されました。
個別化された老化予防への応用に期待
研究チームは、複数の細胞集団の老化度を組み合わせた「多細胞老化リスクスコア」が、異なるコホートや測定プラットフォームを横断して死亡リスクを層別化できることも確認しました。血液採取という非侵襲的な手法だけで、細胞レベルの解像度でヒトの生理状態を定量化できるこの枠組みは、個人ごとに異なる老化の進み方や病気へのかかりやすさを可視化するものです。研究チームは、今後、細胞種ごとの脆弱性をより詳細に特定することで、個別化された予防や治療への応用が期待されるとしています。
