「酸素発生型の光合成には、光化学系IIと光化学系Iという2つの光化学系が両方とも必要である」――これは、50年以上にわたって生物学の教科書に記されてきた大原則です。ところがドイツの研究チームが、この常識を根底から覆す発見を報告しました。光化学系Iを完全に欠いたシアノバクテリアが、光合成による酸素発生と炭酸固定を行いながら生育できることを実証したのです。
光合成の「大原則」――光化学系Iはなぜ不可欠とされてきたか
酸素発生型光合成では、光化学系II(PSII: photosystem II)が水を分解して電子と酸素を取り出し、その電子はプラストキノン(PQ)プールやシトクロムb6f複合体、プラストシアニンを経て光化学系I(PSI: photosystem I)へと受け渡されます。PSIは光エネルギーを使ってこの電子をさらに励起し、フェレドキシン-NADP+還元酵素(FNR)を介してNADPHという還元力を生み出す役割を担っており、この直線的な電子伝達(LEF: linear electron flow)の最終段階を担うPSIは、光合成に絶対に欠かせない存在と考えられてきました。シアノバクテリアなどでPSIを欠損させると、光合成による自活(光独立栄養)ができなくなり、グルコースなどの栄養源がなければ生育できないというのが、これまでの共通認識でした。
「植物の光化学系Iを導入する」はずが、生まれた光化学系I欠損株
この発見の舞台となったのは、独ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(LMU Munich)のダリオ・ライスター(Dario Leister)教授(植物分子生物学講座主宰)の研究グループです。マルタ・ルドヴィチャク(Marta Ludwiczak)氏を筆頭著者とし、マルティン・レーマン(Martin Lehmann)博士らが名を連ねています。
研究チームはもともと、モデルシアノバクテリアである「シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)」が持つPSI関連の12個の遺伝子(psaA〜psaFなど)を、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来の14個のPSI関連遺伝子に置き換えるという、別の目的の実験を進めていました。ところが、この過程で意図せずPSI関連タンパク質が検出されない「PSI欠損株(aiao株)」が生まれてしまいます。当然ながらこの株は光合成による自活ができず、グルコースを与えなければ生育できない、従属栄養性の株でした。
「進化させる」という発想の転換――適応進化実験で見えた電子伝達の新回路
研究チームはこの「失敗株」を捨てずに、光独立栄養条件下で12系統・12〜19週間にわたって培養を続ける「適応進化実験(ALE: adaptive laboratory evolution)」を行いました。すると、そのうち8系統で光合成による自活能力を獲得した「aiao-evo株」が出現したのです。そのうちの1系統からは、シロイヌナズナ由来のPSI遺伝子も含めて完全にPSIを欠いた「ΔPSI*株」も作出されました。
全ゲノム解読の結果、進化した株には、翻訳伸長因子の一つをコードする遺伝子「fusA」に繰り返し変異が生じていることが分かりました。さらに機能解析により、この光独立栄養能力の獲得には、呼吸鎖複合体の一つである「NDH-1複合体」が正常に機能していることが不可欠であることも突き止められました。
詳細な解析から見えてきたのは、チラコイド膜における電子伝達系が2つの経路に再編成されるという、これまで知られていなかったメカニズムです。一つは、末端酸化酵素がプラストキノンプールを酸化することでプロトン駆動力(pmf)を生み出す経路。もう一つは、通常とは逆方向にNDH-1複合体が働き、大きなプロトン駆動力を利用してプラストキノンからフェレドキシンへと電子を逆流させ、本来PSIだけが担うとされてきたNADPHの産生を代行するという経路です。この研究成果は、学術誌『Nature Communications』に「Photosystem I-independent oxygenic photosynthesis in cyanobacteria(シアノバクテリアにおける光化学系I非依存的な酸素発生型光合成)」というタイトルで発表されました。
生物学の教科書を書き換える発見が、バイオテクノロジーの未来を拓く
今回の発見は、酸素発生型光合成にPSIが絶対に必要であるという半世紀来の定説を覆すとともに、シアノバクテリアが持つ光合成系と呼吸鎖系が統合されたネットワークが、想像以上に大きな可塑性を備えていることを示しました。これは光合成の進化的な起源を考えるうえでも新たな視点を提供するものです。
研究チームは、今回得られた知見が、より高効率でストレス耐性に優れた光合成生物の設計や、バイオ燃料・有用化合物の生産に向けたシアノバクテリアの分子育種など、幅広いバイオテクノロジー応用につながる可能性があるとしています。長年「分かり切っている」とされてきた基礎的な生命現象の中にも、まだ大きな発見の余地が残されていることを示す好例といえるでしょう。
https://doi.org/10.1038/s41467-026-74903-2
