iPS細胞で再び歩む未来へ:亜急性期脊髄損傷に対する世界初の移植治験が示す安全性と希望

損傷した神経回路の再建は、現代医学における最大の挑戦の一つです。脊髄損傷(SCI)は不可逆的な運動・感覚障害を引き起こし、多くの人々の生活を一変させてしまいます。しかし今、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた革新的な再生医療が、その課題に大きな光を当てようとしています。慶應義塾大学の研究チームらが実施した世界初の治験において、人への移植における安全性が確認され、機能回復に向けた大きな第一歩が踏み出されました。

治験の概要と安全性の確認

本研究は、Keiko Sugai(スガイ・ケイコ)博士、Osahiko Tsuji(ツジ・オサヒコ)博士、Masaya Nakamura(ナカムラ・マサヤ)博士、Hideyuki Okano(オカノ・ヒデユキ)博士らの研究グループによって行われ、学術誌『Nature Medicine』に論文「An iPSC-derived neural progenitor cell therapy for subacute spinal cord injury: a phase 1 trial with long-term follow-up(亜急性期脊髄損傷に対するiPSC由来神経前駆細胞療法:長期追跡を伴う第1相試験)」として発表されました。

本治験(第1相試験)では、亜急性期の頸髄完全損傷患者4名を対象に、ヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞(NS/PCs: neural stem/progenitor cells)の病変部への移植が実施されました。

主なポイントは以下の通りです:

  • 高い安全性:2~4年間にわたる長期追跡調査において、腫瘍の形成や移植細胞に起因する重篤な副反応・有害事象は一切観察されませんでした。
  • 画像診断での安定性:MRIおよびPET画像評価においても、異常な細胞増殖や組織の変化は見られず、移植部位の安定性が確認されました。
  • 短期免疫抑制下の実施:短期間の免疫抑制剤投与のもとで、ヒトiPS細胞由来NS/PCsの移植が臨床的に安全かつ実施可能であることが実証されました。

 

運動機能の回復傾向と今後の展望

探索的な有効性評価(副次評価項目)においても、非常に興味深いデータが得られています。

受傷後2週間のベースラインから移植52週目にかけて、国際評価基準(ISNCSCI)における運動スコアの改善中央値は13ポイント(10~40ポイントの範囲)となりました。さらに、患者4名中2名において、アメリカ脊髄損傷協会機能障害スケール(AIS)の重症度グレードが「A(完全麻痺)」から「C」または「D」へと著しく改善しました。これらの改善度は、過去のデータベース(歴史的対照群)における自然回復の経過と比較しても数値的に上回る結果となっています。

本研究は小規模なオープンラベル試験であり、即座に治療効果の因果関係を結論付けるものではありませんが、iPS細胞を用いた再生医療が中枢神経系の損傷治療において実用可能な段階へと進んだことを明確に示す歴史的な成果です。今後は、さらなる検証に向けた制御された臨床試験の展開が期待されています。

https://www.nature.com/articles/s41591-026-04549-6

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