筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動神経が侵され徐々に筋肉が動かなくなっていく重篤な神経変性疾患です。長年、ALSの治療開発において最大の壁となってきたのが「発症する前の段階(無症候期)で、いつ、誰が臨床症状を発症(フェノコンバージョン)するのかを予測できない」という問題でした。発症した後の治療では神経の損失を元に戻すことが難しいため、発症前の早期介入を目指す「予防」へのパラダイムシフトが強く求められています。

今回、米国マイアミ大学のマイケル・ベナター(Michael Benatar)博士らの国際研究チームは、発症前ALS患者の長期追跡データと血漿プロテオミクス(Proteomics)解析を組み合わせ、ALSの臨床的発症を前もって予測できる新たなタンパク質バイオマーカー群を発見しました。本研究成果は、科学誌『Nature Medicine』に論文「Longitudinal plasma proteomics predict phenoconversion to clinically manifest ALS(縦断的血漿プロテオミクスによる臨床的ALS発症の予測)」として掲載されました。

高精度プロテオミクスで捉えた発症前の生体サイン

研究チームは、発症前家族性ALS(Pre-fALS)研究などを通じて、ALS関連の遺伝子変異を保持しながら未発症の段階から発症後にかけて追跡された33名の「発症者(フェノコンバーター)」を含む計137名の参加者から、516検体の血漿サンプルを回収しました。

これらのサンプルに対し、Olink Explore HTプラットフォームを用いて5,000種類以上の血漿タンパク質を網羅的に解析したところ、発症する前の段階で濃度が変化する92種類のタンパク質を特定しました。特に、従来知られていた神経軸索の損傷を反映する「ニューロフィラメント軽鎖(acronym: NfL, 遺伝子名: NEFL)」だけでなく、発症の何年も前から血中濃度が上昇を開始する複数のタンパク質が明らかになりました。

発症時期を予測する「19種類の核心タンパク質パネル」

研究チームは得られたデータから機械学習を用いて、発症予測に最も効果的な「19種類の核心タンパク質パネル」を選出しました。

この19種類のタンパク質パネル(NEFL、DUSP29、CALCA、MYH1、EDA2Rなど)を用いることで、半年から5年先の将来におけるALS発症をAUC 0.80~0.89という極めて高い精度で予測することに成功しました。さらに、発症までの残された時間を平均絶対誤差(MAE)1.6年という精度で推定できることが実証されました。

この予測精度は、単一のバイオマーカーであるNEFL(NfL)のみを用いた場合(MAE 2.37年)を大幅に上回るパフォーマンスです。英国の大型バイオバンク(UK Biobank)の独立データを用いた検証でも、複数のタンパク質を組み合わせたマルチタンパク質パネルが単独のNEFLよりも優れていることが再現確認されました。

骨格筋の病理と早期変化の発見

注目すべき点として、今回特定されたタンパク質群の多くは、単に神経の変性を示しているだけでなく、「骨格筋の構造や萎縮」に関連する分子(MYH1、DUSP29、EDA2R、MEGF10、CALCAなど)であることが分かりました。これは、ALSの早期病態において神経だけでなく骨格筋における代謝や萎縮のプロセスが深く関与していることを示唆しています。

今後の展望と予防治験への応用

本研究による発症予測バイオマーカーの発見は、ALS予防の実現に向けた大きな一歩です。今後の臨床試験において、19種類のタンパク質パネルを活用することで、「2年以内に発症する可能性が高いハイリスク保持者」を正確に抽出できるようになり、発症前に治療薬を投与する予防的治験(臨床試験)の設計が飛躍的に容易になります。

ALSという難病の克服に向け、発症前の早期介入と予防治療の新たな扉が開かれようとしています。

https://www.nature.com/articles/s41591-026-04528-x

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