腸・肝臓・脳をつなぐネットワークに不調が生じると、アンモニアなどの有害物質が体内に溜まり、深刻な症状を引き起こします。そんな生命の「軸」の乱れを、お腹の中に生息する親しみやすい常在菌を遺伝子組み換え(ゲノム編集)技術で変身させて整えるという、革新的な医療アプローチが登場しました!
腸-肝-脳軸の代謝異常に挑む遺伝子改変腸内細菌(Engineered Commensals)の開発
お腹の中に棲む腸内細菌(腸内細菌叢)は、宿主である私たちの代謝バランス(ホメオスタシス)を保つうえで極めて重要な役割を果たしています。特に「腸-肝-脳軸(gut-liver-brain axis)」は、腸管内の微生物活動が肝機能や脳の健康状態と密接に連動する複雑なコミュニケーションネットワークです。
急性・慢性肝不全によって血中アンモニア濃度が高まる「高アンモニア血症」や「肝性脳症(HE: hepatic encephalopathy)」は、脳の機能障害や行動異常(不安障害など)を引き起こす深刻な疾患です。既存の治療薬(ラクツロースやリファキシミンなど)は一定の効果を示すものの、副作用や耐性菌リスク、複雑な病態に対する限界が指摘されていました。
今回、ニキル・アガワル(Nikhil Aggarwal)博士、ハオシェン・シェン(Haosheng Shen)博士、マシュー・ウック・チャン(Matthew Wook Chang)博士 らの国際研究チームは、常在菌であるLactobacillus plantarum(ラクトバチルス・プランタラム)を遺伝子改変し、肝性脳症における複数の代謝異常を同時に改善する生体治療法(LBP: Live Biotherapeutic Product)を開発しました。研究成果は「「Engineered commensals for metabolic modulation of the gut-liver-brain axis(腸-肝-脳軸の代謝調節に向けた遺伝子改変常在菌)」」と題され、科学誌『Cell』に掲載されました。
2つの遺伝子改変株による複合的な代謝コントロール
研究チームは、肝性脳症の病態に関わる代謝物(アンモニア高値、分岐鎖アミノ酸[BCAA]低下、L-グルタミン増加)をリバランシングするため、以下の2つの改変株を作製しました。
- Lp-NH3株: 他種菌由来の酵素群(ilvC、ilvD、bcdなど)を導入し、有害なアンモニアの取り込みと必須アミノ酸であるL-バリン(BCAA: branched-chain amino acid)の合成を共役(カップリング)させた株です。
- Lp-Q株: 自身のグルタミン代謝酵素(glmS1)やシンク酵素(proB)を過剰発現させ、アンモニアの発生源となるL-グルタミンの利用を促進・消費する株です。
これらの株は薬剤耐性遺伝子を取り除いた安全な仕様(ゲノム組込み型)として設計されています。
前臨床モデルにおける治療効果と脳内環境の改善
高アンモニア血症モデルマウスおよび胆管結紮(BDL: bile duct ligation)による肝性脳症モデルマウスにこれらの改変株を経口投与したところ、以下のような目覚ましい成果が得られました。
- 全身および脳内代謝物の正常化: 血中および脳内のアンモニアレベルが大幅に低下(最大10分の一に低減)し、低下していた血中・脳内BCAAレベルが回復しました。特に両株を組み合わせた「Lp-NH3+Q」の投与で最も高い効果が確認されました。
- 行動異常の改善: オープンフィールド試験(OFT)などの行動解析において、高アンモニア血症に伴う不安様行動や短期的記憶障害が著しく改善しました。
- 脳内トランスクリプトミクスの正常化: 脳のRNAシークエンシング(RNA-seq)解析により、GPCR(Gタンパク質共役受容体)を介した神経伝達シグナルの回復と、神経炎症の抑制が確認されました。
- 腸内細菌叢の保持と高い安全性: 既存の抗菌薬治療(リファキシミン)が腸内細菌叢の多様性を低下させるのに対し、改変株投与は多様性を維持しました。さらに、投与停止後72時間以内に腸管内から消失(クリアランス)される高い安全性が確認されました。
本研究は、合成生物学(synthetic biology)を駆使した遺伝子改変常在菌が、腸-肝-脳軸をはじめとする複合的な代謝疾患に対するプログラム可能な新規治療プラットフォームとして極めて有効であることを実証しました。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674%2826%2900384-3
