乾燥ろ紙血を用いたメタボロミクスおよびプロテオミクスプロファイリング:次世代の臨床試験に向けて
バイオマーカー研究の課題と乾燥ろ紙血の可能性
疾患の管理や予防において、血液バイオマーカーはスクリーニングから診断、予後予測に至るまで重要な役割を果たしています。しかし、従来の静脈血採血は医療施設で専門の医療スタッフが行う必要があり、血漿や血清の分離処理、さらには低温下での迅速な輸送が求められます。
これらの厳しい要件は、地方在住の患者の参加や、大規模な臨床試験の実施において大きな障壁となっていました。
この課題を解決する画期的な手段として期待されているのが、乾燥ろ紙血 (DBS: dried blood spots) です。DBSは、指先を穿刺して得た少量の血液をろ紙に染み込ませて乾燥させるだけの非常にシンプルな手法です。患者への身体的負担が少ないだけでなく、自宅での自己採血も可能であるため、患者中心(Patient-centric)のアプローチとして注目されています。
多角的なオミクス解析に向けた抽出法の最適化
リンショーピング大学(スウェーデン)のシリ・フェーゲルスタム (Siri Fägerstam) 博士らの研究チームは、分散型の2型糖尿病 (T2D: type 2 diabetes) の臨床試験への応用を見据え、DBSを用いたプロテオミクス(タンパク質網羅的解析)およびメタボロミクス(代謝物網羅的解析)のための最適な抽出プロトコルを開発しました。
シリ・フェーゲルスタム博士らは、PBS、PBS-T、尿素バッファー、および抗体希釈液を用いて抽出効率を比較検証しました。その結果、プロテオミクスとメタボロミクスの両方に適した抽出液としてPBSが最適であり、抽出時間は5分間が最も効率的であることが判明しました。抽出時間が長すぎると、一部の微量なサイトカインなど不安定なタンパク質の分解が進む可能性があることも示唆されています。
タンパク質と代謝物の高感度な検出に成功
最適化されたプロトコルを用いて健康な被験者のDBSを解析した結果、微量な炎症性サイトカイン(IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-18)やC反応性タンパク質 (CRP: C-reactive protein)、腫瘍壊死因子 (TNF: tumor necrosis factor) などを十分に検出できることが確認されました。
さらに、液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析 (LC-MS/MS: liquid chromatography-tandem mass spectrometry) を用いた非標的プロテオミクス解析では、751種類のタンパク質が特定されました。これには、解糖系やコレステロール代謝など、T2Dの病態に深く関与する代謝経路のタンパク質が多く含まれていました。
また、核磁気共鳴 (NMR: nuclear magnetic resonance) 分光法を用いたメタボロミクス解析では、脂質、アポリポタンパク質、グルコース、さらには低悪性度炎症の指標となるGlycAやGlycBといった糖タンパク質を含む67種類の代謝物が定量されました。健康な個人のDBSからこれらの糖タンパク質シグナルが検出されたのは、本研究が初めての報告となります。
大規模臨床試験の未来を拓く
本研究は、DBSが従来の静脈血採血に代わる、拡張性が高くアクセスしやすいサンプリング方法であることを強く支持するものです。2次元ゲル電気泳動 (2-DE: two-dimensional gel electrophoresis) やマルチスポット抗体アッセイ、LC-MS/MS、NMRという4つの異なるオミクス解析手法において、同一のDBSサンプルから十分なデータが得られることが証明されたことで、今後のバイオマーカー探索においてDBSが強力なツールとなる可能性を示しています。
今後は、T2Dなどの基礎疾患を持つ患者コホートにおいて、今回検出されたバイオマーカーの臨床的意義をさらに検証していくことが期待されています。
本研究論文は、「「Dried blood spot sample extraction for metabolomics and proteomics profiling for clinical trials: a descriptive exploratory study (臨床試験のためのメタボロミクスおよびプロテオミクスプロファイリングに向けた乾燥ろ紙血サンプル抽出:記述的探索研究)」」として公開されています。
https://link.springer.com/article/10.1038/s41598-026-46874-3

