真菌と細菌の意外な共生関係:バイオフィルム形成を左右する「銅の経済学」

私たちの体の中や身の回りの環境には、目に見えない無数の微生物がコミュニティを作って暮らしています。驚くべきことに、カビの仲間である「真菌」と、お腹を壊したり感染症の原因になったりする「細菌」が、手を取り合って生き抜くための「独自の経済システム」を築いていることが明らかになりました 。

2026年6月26日、マイクロバイオロジー学会の学術誌「Microbiology」に掲載された新しい研究論文「Copper-driven mutualism of Candida albicans and Staphylococcus aureus interkingdom biofilms(カンジダ・アルビカンスと黄色ブドウ球菌の界を越えたバイオフィルムにおける銅駆動型の相利共生)」は、医療現場でも深刻な問題となる微生物の複合コミュニティ「バイオフィルム」の新たな生存戦略を解き明かしました 。この研究を率いたセーナ・ダガン(Seána Duggan)博士らの研究チームは、真菌と細菌が「銅」を介して互いに利益を与え合う、いわば「銅の経済(copper economy)」が存在することを発見したのです 。

一見すると悪者同士の結託のようですが、このメカニズムを知ることは、治療が難しい頑固な感染症を打ち破る新しい治療法への第一歩となります 。微生物たちの驚異的なミクロの社会を、少し覗いてみましょう 。

 

真菌と細菌の強力なタッグ「複合バイオフィルム」とは?

医療器具の表面や傷口などに微生物が定着すると、成分の詰まった膜のようなものを作り出します 。これが「バイオフィルム」です 。単独の微生物で作られることもありますが、臨床現場では真菌のカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)と、細菌の黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が混ざり合った「界を越えた(interkingdom)」バイオフィルムがよく見つかります 。

この2つがタッグを組むと、個々のときよりもバイオフィルムのサイズが大幅に大きくなり、抗生物質が効きにくくなるなど、非常に厄介な存在になります 。しかし、なぜこれほどまでに相性が良く、お互いを高め合っているのか、その詳しい分子メカニズムは謎に包まれていました 。

 

網羅的タンパク質解析(質量分析)で判明した「銅」のやり取り

ダガン博士らのチームは、プラスチック上で形成させた複合バイオフィルムの内部で、どのようなタンパク質が作られているかを質量分析(mass spectrometry)という技術を用いて網羅的に調べました 。

その結果、お互いが「銅の扱い方」を役割分担していることが判明したのです 。

  • カンジダ・アルビカンス(真菌): 銅を細胞内に取り込むための輸送タンパク質「Ctr1」を増やし、積極的に銅を集めていました 。
  • 黄色ブドウ球菌(細菌): 反対に、細胞内の余分な銅を排出するためのレギュレーター「CsoR」やシャペロン「CopZ」を増やし、銅を外へ追い出そうとしていました 。

細菌にとっては毒性になり得る過剰な銅を外へ排出し、それを真菌が効率よく回収する 。この非対称な銅のやり取りによって、コミュニティ全体の銅のバランス(恒常性)が保たれ、快適な住処が維持されていたのです 。チームはこの仕組みを「銅の経済学」と名付けました 。

 

銅のバランスが崩れると共生関係も崩壊する

研究チームがこの環境の銅をわざと奪ったり(キレート剤の添加)、逆に銅を過剰に与えたりしたところ、どちらの場合でもバイオフィルムの総重量(バイオマス)が著しく減少しました 。

特に銅が過剰な環境では、黄色ブドウ球菌がダメージを受けるだけでなく、カンジダ・アルビカンスがバイオフィルムの骨組みとなる「菌糸(hyphae)」をうまく伸ばせなくなることが、走査電子顕微鏡(SEM: scanning electron microscopy)や共焦点顕微鏡によるイメージング解析で確認されました 。真菌の菌糸は細菌がしがみつくための重要な足場(スカフォールド)になっていたため、これが失われることで共生関係の崩壊につながったのです 。

 

新たな治療の切り札に?「銅ナノ粒子」の可能性

この「銅への依存性」を逆手に取った治療法として、研究チームは銅酸化物ナノ粒子(CuONPs: copper oxide nanoparticles)を用いた実験を行いました 。

複合バイオフィルムにこの銅ナノ粒子を作用させたところ、濃度依存的にバイオフィルムの生存能力(代謝活性)が最大で約80%も低下しました 。顕微鏡で観察すると、ナノ粒子によって菌糸の足場構造がバラバラに破壊されており、この銅駆動型の強固なつながりを断ち切る治療アプローチとして非常に有望であることが示されました 。

さらに、カンジダ属による銅の取り込み機構(Ctr1)の重要性は、黄色ブドウ球菌だけでなく、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)など他の様々な病原性細菌との複合バイオフィルム形成においても広く共通していることが確認されています 。

 

目に見えない微生物たちが、お互いの弱点を補い合うために「銅」を共通通貨のように取引していたという今回の発見 。この「銅の経済学」の解明は、医療現場で多くの患者を苦しめる、多剤耐性を持ったバイオフィルム感染症を克服するための大きな鍵となるはずです 。

https://www.microbiologyresearch.org/content/journal/micro/10.1099/mic.0.001725

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