私たちの体には、脂肪を燃やして熱を生み出す特別な脂肪組織があります。「褐色脂肪組織(brown adipose tissue: BAT)」と呼ばれるこの組織は、長年"痩せ型の人に多い謎の脂肪"として研究者の関心を集めてきました。今回、米ロックフェラー大学(Rockefeller University)とメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(Memorial Sloan Kettering Cancer Center)の研究チームが、AIを使って10万人を超える医療用PET画像を解析し、褐色脂肪の活性が高い人ほど心臓病や精神疾患のリスクが低いという、驚くべき関連を明らかにしました。

研究論文のタイトルは「Artificial intelligence-enabled clinical phenotyping of human brown fat(AIによるヒト褐色脂肪の臨床的表現型解析)」で、Nature誌に2026年10月14日付で掲載されました。

AIが10万人のPET画像から褐色脂肪を"発見"

研究チームは、がん診療で日常的に撮影されるFDG-PET-CT画像(がん病巣の検査に使われる全身の画像診断)に着目しました。がん患者が別の目的で撮影したPET画像を再利用することで、101,243人という大規模なコホートを構築し、AI/機械学習によって一人ひとりの褐色脂肪の活性量を自動的に定量化したのです。その結果、褐色脂肪が検出された8,897人のグループは、検出されなかった92,346人のグループと比べて、心血管疾患と精神疾患の有病率が有意に低いことが、511種類の病名コード(ICDコード)を網羅した解析でわかりました。年齢・性別・体格指数(BMI)・気温などの条件をそろえて比較しても、98の診断名でBATの有無との関連が認められ、そのうち92の診断名ではBAT陽性の人のほうが病気の割合が低いという結果でした。

さらに研究チームは、血圧を下げる薬として知られる降圧薬「ロサルタン(losartan)」を使っている人ほど褐色脂肪が見つかりやすいことに着目し、実際にロサルタンを投与する実験を行いました。すると、褐色脂肪細胞の活性と全身のエネルギー消費量が増加することが確認され、既存薬を褐色脂肪の活性化に"転用"できる可能性が示されました。

医療画像の"再利用"が生んだ大規模研究

この研究の鍵は、既存の医療画像を大規模に再利用した点にあります。通常、褐色脂肪を調べるには寒冷刺激を与えてから特別なPET検査を行う必要があり、大規模な研究が難しいという壁がありました。研究チームは、がん診療のために撮影された日常的なPET-CT画像からAIで褐色脂肪の活性を半自動的に読み取る仕組みを構築し、この壁を乗り越えました。そのうえで、年齢や体格などの条件をそろえた「傾向スコアマッチング」という統計手法を用いて、褐色脂肪の有無が病気の有病率にどう関わるかを公平に比較しました。

心臓病だけでなく、心の健康にも

褐色脂肪は長年、肥満症や糖尿病との関連で研究されてきましたが、今回の研究は心臓病だけでなく精神疾患にまでその射程を広げました。また、AIによる定量化の仕組みを確立したことで、今後ほかの研究者も大規模な医療画像データを使って褐色脂肪研究を進められるようになります。ロサルタンのように、すでに使われている薬を褐色脂肪の活性化に応用できる可能性を示したことも、新しい治療法の開発につながる重要な一歩です。

本研究はロックフェラー大学分子代謝学研究室のポール・コーエン博士(Paul Cohen博士)が率いるチームと、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの画像診断チームとの共同研究です。論文の主導的な役割を担ったのは同研究室のニコラス・ゴメス=バノイ博士(Nicolás Gómez-Banoy博士)です。

[Nature誌掲載論文]

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