ガン細胞の核内に眠る「貯蔵庫」を発見!転写因子TEAD1が形づくる奇妙な凝集体の正体とは?

細胞が生存し増殖するためには、DNAの遺伝情報を正確に読み取る「転写」というプロセスが欠かせません。この転写をコントロールするタンパク質は「転写因子」と呼ばれ、通常は遺伝子のスイッチをオンにして細胞の活性化を促すメッセンジャーとして働いています。しかし、がん細胞の中には、この転写因子が本来の仕事(転写)をストップし、まるで「エネルギー貯蔵庫」のように一箇所に集まって身を潜めている奇妙な場所があることが分かりました 。

ジョンズ・ホプキンス大学のワイラン・ワン(Yiran Wang)氏 、ジンダリ・リアン(Jindayi Liang)氏 、およびダンフェン・ツァイ(Danfeng Cai)博士 らの研究チームは、ネイチャー・セル・バイオロジー誌に掲載された新しい論文「TEAD1 condensates are transcriptionally inactive storage sites on the pericentromeric heterochromatin in cancer cells(がん細胞の中心周囲ヘテロクロマチンにおける転写不活性な貯蔵サイトとしてのTEAD1縮合体)」の中で、ヒッポ(Hippo)シグナル伝達経路に関わる重要な転写因子である「TEAドメイン転写因子1(acronym: TEAD1:TEA domain transcription factor 1)」の、これまでにない全く予想外の役割を明らかにしました 。

 

通常、がん細胞においてヒッポ経路に変異が起きると、別のタンパク質と結びついたTEAD1が細胞増殖を促す遺伝子を次々と活性化させることが知られています 。しかし研究チームが患者由来の「腎細胞がん(acronym: RCC:Renal cell carcinoma)」の細胞を高解像度イメージング技術などで詳しく観察したところ、細胞核の中にマイクロメートルサイズの巨大な塊、すなわち「生体分子凝集体(biomolecular condensate)」が形成されているのを発見したのです 。

 

驚くべきことに、この巨大な凝集体の中では遺伝子の転写活動が一切行われていませんでした 。詳しく調べると、TEAD1は自身のDNA結合ドメインを使って、染色体の中心付近にある「中心周囲ヘテロクロマチン」と呼ばれる遺伝子があまり働かない領域に結合していました 。この領域にはTEAD特異的な「MCATモチーフ(MCAT motif)」と呼ばれるDNAの配列が密集しており、これが種(シード)となってTEAD1の巨大な塊を呼び寄せていたのです 。

 

つまり、この凝集体は遺伝子を働かせるための場所ではなく、細胞内で過剰になったTEAD1を一時的に安全に保管しておく「貯蔵庫(デポ)」の役割を果たしていたと考えられます 。実際に実験でこの貯蔵庫を壊してみると、溢れ出たTEAD1が本来の標的となる遺伝子と結びつき、がんの進行を促すような遺伝子発現が逆に増加してしまうことが確認されました 。

 

今回の発見は、がん細胞が特定のタンパク質の量をコントロールし、体内のバランスを保とうとする新しい生存戦略の一端を映し出しています 。これまで「遺伝子を活性化させるもの」ばかりと考えられていた転写因子の凝集体に、「あえて働かせずに貯めておく」という真逆の機能が見つかったことは、今後の生物学研究や、がんの新しい治療法・創薬研究に全く新しい視点をもたらすに違いありません 。

https://www.nature.com/articles/s41556-026-01985-x

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