がん免疫療法の切り札として広く使われるようになった免疫チェックポイント阻害薬(ICI: Immune Checkpoint Inhibitor)ですが、その代償として深刻な下痢や大腸炎(IMDC: ICI-Mediated Diarrhea and Colitis)に苦しむ患者も少なくありません。米MDアンダーソンがんセンター(MD Anderson Cancer Center)のイングホン・ワン博士(Yinghong Wang)らの研究チームは、これまで難治例の「最後の手段」とされてきた糞便微生物移植(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)を、あえて「最初の治療」として使うという発想の転換で、大きな成果を上げました。この研究はCell Reports Medicine誌に掲載されています。
13人中10人が症状改善、しかも中央値1.5日というスピード
ICIはがん細胞への攻撃力を高める一方、免疫の暴走を招きやすく、腸管で炎症性の下痢や大腸炎を引き起こすことがあります。これまでの標準治療はステロイドが第一選択で、効かない場合にはインフリキシマブなどの生物学的製剤が使われてきましたが、これらは感染リスクを高めたり、がん治療そのものへの悪影響が懸念されたりする問題を抱えていました。近年、ステロイドや生物学的製剤が効かない難治性のIMDCに対してFMTが有効であるという報告が相次いでいたことから、研究チームは「そもそも最初からFMTを使ったらどうか」という臨床試験(NCT04038619)に着手しました。
今回報告されたのは、この試験の中間解析にあたる13人分のデータです。対象は主に泌尿生殖器がん患者で、新たにIMDCを発症してから45日以内、かつステロイドなどの免疫抑制治療を受けていない(または十分な期間が空いている)患者に限定してFMTを実施しました。その結果、13人中10人(76.9%)で臨床的な症状改善が得られ、改善までの期間は中央値でわずか1.5日(範囲1〜10.5日)という速さでした。追跡できた奏効患者のうち75%では、FMT後に腸内細菌の多様性(αダイバーシティ)が上昇していたことも確認されています。
腸内細菌の移植で、暴走した免疫細胞が落ち着く
研究チームはさらに、多因子オミクス解析(メタゲノム、メタボローム、トランスクリプトーム、免疫染色など)を用いて、なぜFMTが効くのかを詳しく調べました。その結果、FMT前の腸管組織では、形質細胞、好中球、M1・M2マクロファージ、メモリーCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh細胞)、制御性T細胞(Treg)といった免疫細胞が増加しており、FMT後にはこれらがいずれも減少する傾向が見られました。つまり、便移植によって荒れた腸内フローラが立て直されると同時に、過剰に活性化していた免疫細胞の集団も落ち着きを取り戻すという、腸内細菌と免疫系の密接な関係が浮かび上がった形です。なお、Grade3〜4の重度下痢を呈していた患者は9人(69.2%)、内視鏡検査で潰瘍が確認された患者は5人(38.4%)、入院を要した患者は5人(38.4%)に上りましたが、FMTによる重篤な有害事象は報告されていません。
免疫療法を「続けられる」ようにする新たな選択肢
これまでIMDCの治療といえば、ステロイドや免疫抑制的な生物学的製剤に頼らざるを得ず、がん治療そのものを中断せざるを得ないケースも少なくありませんでした。今回の結果は、FMTを初回治療として用いることで、免疫抑制剤の使用を最小限に抑えながら症状を速やかに改善し、患者ががん免疫療法を継続・再開しやすくなる可能性を示すものです。研究チームは、腸内細菌叢の再構成と免疫調整が作用機序の中心にあると考えており、今後はより多くの患者を対象とした本解析での検証が期待されます。
本研究は、MDアンダーソンがんセンターの消化器内科・肝臓内科・栄養部門に所属するワン博士を責任著者とし、同センターのゲノム医学、トランスレーショナル分子病理学、バイオインフォマティクス、免疫学などの各部門に加え、ヒューストン・メソジスト病院(Houston Methodist Hospital)やテキサス大学ヘルスサイエンスセンター(UT Health Science Center at Houston)などとの共同研究として実施されました。ワン博士らは2018年にNature Medicine誌で難治性IMDCに対するFMTの有効性を報告しており、今回の研究はその知見を「初回治療」へと発展させたものです。
https://www.cell.com/cell-reports-medicine/fulltext/S2666-3791(26)00461-1
