AIが自ら実験計画を立て、コードを書き、データを解析する——そんな「AI科学者」は、もう空想の話ではありません。

世界中の研究室が抱える「増え続けるデータと論文に、解析できる人手が追いつかない」という悩みに、一つの答えを示す研究が発表されました。米スタンフォード大学の研究チームが開発した自律型AIエージェント「Biomni(バイオムニ)」は、遺伝子の優先順位付けから希少疾患の診断、薬剤の再利用探索まで、性質の異なる幅広いバイオメディカル研究タスクを自ら計画し、専門家レベルの精度でやり遂げることに成功したのです。

『Science』誌に掲載された論文「「Biomni: Autonomous biomedical research with an artificial intelligence agent(Biomni:人工知能エージェントによる自律的なバイオメディカル研究)」」において、ケシン・ホアン(Kexin Huang)博士、ユレ・レスコベック(Jure Leskovec)博士らスタンフォード大学の研究チームは、この汎用AIエージェントの開発と評価結果を報告しました。

 

数万本の論文からツールとデータベースを自ら学び取る

Biomniの大きな特徴は、あらかじめ用意されたテンプレートに従うのではなく、必要な知識や道具を自分で集めてくる点にあります。研究チームが開発した「Action Discovery Agent」は、bioRxivなどに投稿された数万本の論文を解析し、そこで使われているツール・データベース・実験プロトコルを体系的に抽出します。こうして構築された統一的な作業環境には、150種類以上の専門的なバイオインフォマティクスツール、59個の厳選されたデータベース(タンパク質構造やゲノム変異、文献情報など)、105種類以上のソフトウェアパッケージが統合されました。

Biomni本体は、大規模言語モデル(acronym: LLM)による推論と、関連情報を検索しながら計画を立てる「検索拡張計画」、そしてPythonやRなどのコードを実際に実行する機能を組み合わせて動作します。研究者が自然言語で質問を投げかけると、Biomniは多段階の計画を自ら組み立て、ツールを選び、コードを書いて実行し、その結果を解釈するというサイクルを繰り返しながらタスクを遂行します。すべての作業履歴と引用元は記録されるため、後から結果を検証できる再現性の高さも備えています。

 

10種類の異なるタスクで専門家に匹敵する精度

研究チームは、因果的な遺伝子の優先順位付け、薬剤の再利用探索、希少疾患の診断、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)解析、分子クローニングなど、性質の大きく異なる10種類のタスクからなるベンチマークでBiomniの性能を評価しました。合計443問のベンチマークにおいて、Biomniは平均57%の正解率を達成し、既存の他のAIエージェントシステムを上回りました。

特に注目すべきは、3つのタスクで専門家レベルの精度に匹敵する結果を出したことです。たとえば希少疾患の診断タスクでは、専門家の正解率が60〜70%であるのに対しBiomniは60%程度の精度を示しましたが、要した時間はわずか3分程度と、人間の専門家が約2時間かけて行う作業を大幅に短縮しました。

 

実験室でも実用化が進行中

Biomniはすでにプロトタイプとして1万を超える研究室で利用されており、公開から9カ月間で15,000人を超える科学者が10万件を超えるワークフローを自動化したといいます。実例としては、450以上のファイルからなるウェアラブルセンサーのデータ解析を、人間が行えば60時間以上かかる作業をわずか40分で完了させたケースも報告されています。

 

「人間に代わる」のではなく「人間を支える」AI

爆発的に増え続けるデータ・ツール・論文の中で、研究者が本当に注力すべき創造的な仮説立案や判断に集中できるよう、Biomniは反復的で機械的な作業を肩代わりします。研究チームは、Biomniを研究者に取って代わるものではなく、研究を加速させる「co-scientist(共同研究者)」として位置づけており、オープンソースとしてクラウドプラットフォーム上で公開しています。評価対象となったタスクはバイオメディカル研究のごく一部に過ぎませんが、基礎研究から臨床応用まで、AIエージェントが科学的発見を加速させる未来を示す一歩と言えそうです。

[Science article]

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