毎年、世界中で数百万人がヘビに咬まれ、10万人以上が命を落としています。特に中南米に生息するボスロプス属のヘビは、現地で発生する重篤な咬傷事故の主な原因となっており、迅速で効果的な治療法の確立が急務とされてきました。今回、英国のエッジヒル大学(Edge Hill University)とリバプール熱帯医学校(Liverpool School of Tropical Medicine)の研究チームが、既存の医薬品を「転用」することで、複数種のボスロプス属ヘビ毒に対する新たな治療の可能性を示す研究成果を発表しました。
論文「Repurposed small molecule toxin inhibitors neutralise a diversity of venoms from the Neotropical viperid snake genus Bothrops(既存薬の転用による低分子毒素阻害剤が、南米産クサリヘビ科ボスロプス属の多様な毒を無力化する)」は、学術誌eLifeに掲載されています。
研究を主導したレイチェル・H・クレア(Rachel H Clare)博士らのチームは、現在主流となっている抗体ベースの抗ヘビ毒血清には、有効性、安全性、入手のしやすさの面で課題が残ると指摘しています。特にアマゾンなど遠隔地では、病院に到着するまでに5時間以上を要することも珍しくなく、その間に症状が進行してしまう懸念があります。経口投与が可能で、地域レベルでの早期治療にも応用できる低分子医薬品は、こうした課題を補う手段として期待されています。
研究チームは7種のボスロプス属ヘビ毒を対象に、毒に含まれる3種類の主要な毒性酵素—スネークベノムメタロプロテアーゼ(SVMP: snake venom metalloproteinase)、ホスホリパーゼA2(PLA2: phospholipase A2)、スネークベノムセリンプロテアーゼ(SVSP: snake venom serine protease)—の活性を測定するとともに、それぞれを標的とする既存薬の効果を検証しました。SDS-PAGEによるタンパク質プロファイリング、酵素活性アッセイ、ウシ血漿およびヒト全血を用いた血液凝固試験、さらに毒性の指標としてニワトリ胚を用いた実験モデルなど、複数の手法を組み合わせています。
その結果、SVMPを標的とするマリマスタット(marimastat)は、7種すべての毒に対して1.8〜10.6nMという低いEC50値(半数効果濃度)を示し、種を超えた高い阻害効果が確認されました。PLA2を標的とするバレスプラジブ(varespladib)も同様に、0.2〜1.6nMというサブナノモルからナノモル濃度で強力な阻害活性を示しています。一方、金属キレート剤であるDMPSはマリマスタットよりもやや効果が弱く、SVSPを標的とするナファモスタット(nafamostat)は10マイクロモル以上の濃度を必要とし、効果にばらつきが見られました。
血液凝固試験では、マリマスタットとプリノマスタット(prinomastat)が5マイクロモルの濃度で、すべての毒に対して中程度から強力な凝固阻害効果を示しました。ヒトの全血を用いたトロンボエラストグラフィー(TEG: thromboelastography)試験でも、マリマスタットはB. atroxおよびB. jararacaという2種の毒による凝固異常を、それぞれ67%、62%の割合で正常な状態に近づけることができました。さらにニワトリ胚を用いた実験では、5マイクログラムのマリマスタットおよび同量のDMPSが、致死量の毒に対して100%の生存率、つまり完全な防御効果を示しています。
研究チームは、ボスロプス属のヘビ毒は種によって成分や酵素活性に大きなばらつきがあるにもかかわらず、特定の毒素ファミリーを標的とする低分子阻害剤が種を超えた広い防御効果を発揮しうることを明らかにしました。今回の知見は、抗ヘビ毒血清に代わる、あるいはそれを補完する新たな治療選択肢として、低分子医薬品の可能性を示すものといえます。今後は、より標準的なマウスモデルでの検証や、新規セリンプロテアーゼ阻害剤の開発、複数の薬剤を組み合わせた治療法の評価などが課題になるとしています。クレア博士らは、こうした薬剤が「患者が病院に到着し、抗ヘビ毒血清による治療を受けるまでの貴重な時間を稼ぐ」ことができる可能性があるとまとめています。
