中枢神経系疾患の治療において、mRNAを脳へ効率的に届けることは長年の大きな課題でした。血液脳関門という強固な壁に阻まれ、多くの有望な治療法が臨床応用に至らずにいたのです。今回、合理的な脂質設計によってこの壁を突破する新しい脂質ナノ粒子プラットフォームが報告され、マウスだけでなく非ヒト霊長類でも有効性が確認されました。

研究の概要

本研究は、PNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載された論文「Overcoming the Blood–Brain Barrier Using Central Nervous System–Accessing Lipid Nanoparticles for Enhanced mRNA Therapeutics(中枢神経系アクセス型脂質ナノ粒子を用いた血液脳関門突破によるmRNA治療薬の増強)」に基づきます。筆頭著者はシユ・ワン氏(Siyu Wang)、責任著者はイーチョウ・ドン博士(Yizhou Dong, PhD, アイカーン医科大学マウントサイナイ校)です。全身投与によるmRNAの脳への送達は、血液脳関門(BBB: Blood-Brain Barrier)によって厳しく制限されており、中枢神経系(CNS: Central Nervous System)疾患の治療を妨げる大きな要因となっていました。

主な発見

研究チームは、イオン化脂質の合理的な化学設計によって、CNSアクセス型脂質ナノ粒子(CA LNP: CNS-Accessing Lipid Nanoparticle)というプラットフォームを開発しました。リード候補である「CA2d LNP」は、静脈注射後に効率よく血液脳関門を通過し、マウスおよび非ヒト霊長類(NHP: Non-Human Primate)の脳内複数領域において、ニューロン、ミクログリア、アストロサイトといった複数のCNS細胞種へ堅牢にmRNAを送達することに成功しました。さらに、虚血性脳卒中を再現したラットモデルでは、血栓溶解薬と神経保護効果を持つmRNAを同時に送達したCA2d LNPによって、梗塞体積の縮小と神経機能の改善が確認されています。

手法の特徴

研究チームはイオン化脂質を設計・合成し、CA LNPとして製剤化しました。野生型マウス、Ai14レポーターマウス、非ヒト霊長類、そして中大脳動脈閉塞による虚血性脳卒中ラットモデルを用いて評価を実施。複数種類のmRNAカーゴを用いた生体内分布や細胞種特異性、治療効果を、組織学的解析やフローサイトメトリー、機能評価によって検証しました。

意義・今後の展望

このCA LNPプラットフォームは、血液脳関門を克服した全身投与型のmRNA送達を可能にし、幅広い中枢神経系疾患に対するmRNA医薬の実現に道を開くものです。非ヒト霊長類においても効率的かつ忍容性の高い送達が確認されたことは、将来的な臨床応用への大きな一歩といえるでしょう。なお、ドン博士はmRNA送達技術を手がけるImmunanoengineering Therapeutics社の共同創業者でもあります。

[PNAS誌]

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