光学機器はもう不要!脳の老化マップを描き出す新技術「IRISeq」
細胞の多様性や相互作用を組織内でマッピングするための革新的な手法として、空間トランスクリプトミクスが注目を集めています 。しかし、従来の方法は、スループット(処理能力)、コスト、そして組織のカバー範囲において妥協せざるを得ないという課題を抱えていました 。具体的には、イメージング速度の制限や、光学イメージング特有の技術的な難しさがありました 。この壁を乗り越えるべく、ジュンユエ・カオ(Junyue Cao)博士やウェイ・ジョウ(Wei Zhou)博士らの研究チームは、全く新しいプラットフォームである「インデックス付きシーケンスを利用した画像再構成(IRISeq: Imaging Reconstruction using Indexed Sequencing)」を開発しました 。
IRISeqの画期的な特徴
IRISeqは、光学イメージングやあらかじめ決められたキャプチャアレイを一切必要としない、完全にシーケンス(配列解析)のみに依存する手法です 。
- 低コストかつ高スループット: 一般的な商用プラットフォームよりもはるかに経済的で、組織切片1枚あたりの試薬コストは約30ドル(約4,500円)に抑えられています 。
- 柔軟な解像度: ビーズのサイズを変更することで、5〜50 µm(マイクロメートル)の範囲で解像度を調整可能です 。
- 独自の空間再構成: DNAバーコード付きのビーズを使用し、隣接するビーズとの相互作用シグナルから空間的な位置を推測・再構成します 。
脳の老化における「領域特異的」な変化を解明
研究チームは、このIRISeqを用いて、成体(若い)および老齢のマウスの脳から得た70以上の冠状断切片(野生型および2種類のリンパ球欠損モデルを含む)の遺伝子発現をマッピングしました 。その結果、なんと46万以上の空間トランスクリプトームプロファイルを作成することに成功しました 。
さらに、783,264個のシングルセルトランスクリプトームデータと統合分析(PCA: Principal Component Analysis や UMAP: Uniform Manifold Approximation and Projection などを活用)を行うことで、脳の領域ごとに異なる老化のサインが明らかになりました 。
老化に伴う具体的な変化
- 機能の低下: ほぼすべての脳領域において、ミトコンドリア機能、リボソーム機能、および繊毛機能に関連する遺伝子の発現低下が見られました 。これはエネルギー生産やタンパク質合成の衰えを示唆しています 。
- 炎症反応の増加: 一方で、老齢マウスの脳では、補体経路やインターフェロン応答などの免疫応答経路に関連する遺伝子が有意に増加していました 。特に、脳の老化における炎症の主要な部位である「脳室領域」で、最も大きなインターフェロン応答の変化が確認されました 。
リンパ球が脳の老化を加速させる?
この研究の最も興味深い発見の一つは、脳の老化に伴う炎症プロセスにおいて「リンパ球」が重要な役割を果たしていることを突き止めた点です 。
研究チームは、機能的なリンパ球を持たない免疫不全マウス(Rag1およびPrkdc変異体)の脳を解析しました 。その結果、リンパ球を欠損させることで、以下のような驚くべき変化が確認されました。
- 炎症の抑制: リンパ球が不足しているマウスでは、側脳室領域や白質におけるインターフェロン関連遺伝子の発現減少が顕著に見られました 。
- 脳室を保護する細胞の維持: 脳室を覆う上衣細胞(Ependymal cells)や脈絡叢のマーカー遺伝子の発現が増加しており、リンパ球の欠損がこれらの細胞集団の維持(老化に伴う減少の抑制)に関連していることが示されました 。
これはつまり、リンパ球がインターフェロンの活性化を促進して脳の炎症を引き起こしている可能性があり、特定の標的を絞った治療を行えば、加齢に伴う脳の炎症を和らげ、脳の恒常性を保つことができるかもしれないということを示唆しています 。
今後の展望
IRISeqは、臓器全体や生物全体の空間マッピングを、性別、年齢、疾患の状態を問わず、包括的に行うための変革的なツールとしての位置づけを確立しました 。これにより、様々な疾患に特有の脆弱性を特定し、複雑な生物学的システムへの理解を深める新たな道が開かれました 。

