新型コロナウイルス感染症の予防接種として多くの人が接種したmRNAワクチン。なんとこのワクチンが、がん治療において「救世主」になるかもしれないという驚きの研究結果が発表されました。これまで一部の患者さんにしか効かなかった画期的ながん免疫療法が、ワクチンの力によってより多くの人を救う可能性を秘めているというのです。

免疫療法に立ちはだかる壁とワクチンの新たな可能性

免疫チェックポイント阻害剤(ICI: immune checkpoint inhibitors)は多くの患者さんの生存期間を延ばす画期的な薬ですが、もともと免疫が腫瘍に対して働いていない患者さんには効果が薄いという大きな課題がありました。一人ひとりの患者さんに合わせて作るオーダーメイドのmRNAがんワクチンは、特定の抗原を攻撃させることで腫瘍をICIに反応しやすくしますが、製造工程が複雑で時間がかかるという欠点があります。

今回、アダム・J・グリッピン(Adam J. Grippin)博士やスティーブン・H・リン(Steven H. Lin)博士らの研究チームは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を標的とした市販のmRNAワクチンも、腫瘍のICIに対する感受性を劇的に高めることを明らかにしました。この研究論文「SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumours to immune checkpoint blockade(SARS-CoV-2 mRNAワクチンは免疫チェックポイント阻害剤に対する腫瘍の感受性を高める)」は、Nature誌に掲載されました。

 

ワクチン接種による生存率の大幅な向上

研究チームは、非小細胞肺がん(NSCLC: non-small cell lung cancer)や悪性黒色腫(メラノーマ)の患者さんの大規模な過去のデータを分析しました。その結果、ICIによる治療開始から100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した患者さんは、接種していない患者さんと比べて、全生存期間(OS: overall survival)の中央値および3年生存率が著しく向上していることが分かりました。例えばNSCLCの患者さんでは、ワクチン接種群の生存期間中央値が37.3ヶ月だったのに対し、非接種群は20.6ヶ月でした。特筆すべきことに、この生存率の向上は、免疫学的に反応が乏しく治療が難しい「冷たい」腫瘍を持つ患者さんでも同様に見られました。

 

I型インターフェロンが抗腫瘍免疫を呼び覚ます

この仕組みを解明するため、クリスティアーノ・マルコーニ(Christiano Marconi)博士らは動物モデルにおいて、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のmRNAを脂質ナノ粒子(LNP: lipid nanoparticles)に封入したワクチンを作成し、ICIと併用する実験を行いました。その結果、強力な抗腫瘍効果が確認されました。この効果は、ワクチンのmRNAそのものが自然免疫に感知され、1型インターフェロン(IFN: interferon)の急増を引き起こすことに起因していました。グリッピン博士らがこのインターフェロンのシグナル伝達を遮断すると、ワクチンの抗腫瘍効果が完全に失われることも確認されています。

 

免疫システムの再プログラミング

mRNAワクチンの投与後、リンパ組織において樹状細胞(DC: dendritic cells)やマクロファージなどの抗原提示細胞(APC: antigen-presenting cell)が急速に活性化しました。これにより、腫瘍関連抗原を認識するCD8+ T細胞が増殖し、高度に活性化された状態で腫瘍内に浸潤することが判明しました。腫瘍細胞はこれに対抗して免疫から逃れるためにPD-L1の発現を増やしますが、ここでICIを投与することでその逃げ道を塞ぎ、T細胞による攻撃を持続させることができます。

 

ヒトでも確認された免疫の活性化

ヒトにおいても同様の反応が起こるかを確かめるため、健康なボランティアの血液を分析した結果、mRNAワクチンの接種後24時間でIFNαなどのサイトカインが急増し、自然免疫や適応免疫の強力な活性化が見られました。さらに、さまざまな部位のがん患者さんの生検データを調べたところ、生検前の100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種していた人は、未接種の人に比べて腫瘍プロポーションスコア(TPS: tumour proportion score)によるPD-L1の発現が有意に増加していました。これは、mRNAワクチンが腫瘍の微小環境(TME: tumour microenvironments)を変化させ、ICIが効きやすい状態へと変えていることを示唆しています。

 

これらの結果から、エリアス・J・セイヤー(Elias J. Sayour)博士らは、腫瘍とは直接関係のない感染症用の市販mRNAワクチンであっても、がんの免疫療法を飛躍的に高める強力な免疫調節剤として機能することを実証しました。この発見は、すでに広く普及しているワクチンを活用して、がん免疫療法の恩恵をより多くの患者さんに届けるという、画期的な新戦略となる可能性を秘めています。

 https://www.nature.com/articles/s41586-025-09655-y

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