治療薬もワクチンも存在しないノロウイルス。その感染力の鍵を握るのは、タンパク質配列だけでなく、ゲノムRNA自体が折りたたまれてつくる立体的な「構造」にあるとしたらどうでしょうか。米イェール大学の研究チームが、感染細胞内でノロウイルスのゲノム全体のRNA構造を初めて詳細にマッピングし、その構造を狙い撃ちすることで、遺伝的に安定した弱毒化ウイルスを合理的に設計できることを実証しました。

研究の概要

本研究は、Cell誌に掲載された論文「「RNA structures regulate norovirus life cycle and enable rational attenuation in vivo(RNA構造がノロウイルスの生活環を制御し、生体内での合理的弱毒化を可能にする)」」に基づきます。筆頭著者はイェール大学(Yale University)分子生物物理学・生化学科のターニャ・ハン氏(Tanja Hann)、責任著者は同大学の複数部門とハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI: Howard Hughes Medical Institute)に所属するアンナ・マリー・パイル博士(Anna Marie Pyle, Ph.D.)です。論文は2026年8月19日にCell誌でオンライン公開されました。

治療法のないノロウイルス、モデル動物で挑む

ノロウイルスは世界的に消化器疾患の主要な原因でありながら、有効な治療薬もワクチンも存在しません。ヒトノロウイルスは培養が難しく、遺伝学的なツールや適した小動物モデルが乏しいため、研究が長らく停滞していました。そこで研究チームが着目したのが、ヒトノロウイルスとゲノム構造・タンパク質発現・複製戦略がよく似ており、遺伝学的に扱いやすい「マウスノロウイルス(MNV: murine norovirus)」です。RNAウイルスは、コンパクトなゲノムの中にタンパク質の設計図だけでなく、高次構造そのものにも重要な制御情報を隠し持っていると考えられていますが、これまでの研究の多くは試験管内で再現したRNAや計算予測に頼っており、実際に感染した細胞の中でどうなっているかは分かっていませんでした。

感染細胞内でゲノム全体の「かたち」を解読

研究チームは、マウスミクログリア由来のBV2細胞にMNVを感染させ、SHAPE-MaPとfbDMS-MaPという2種類の化学プロービング(RNAの特定部位への試薬反応性を利用して立体構造を推定する手法)を組み合わせ、約7.4キロ塩基におよぶウイルスゲノム全体の二次構造を初めて解読しました。その結果、ゲノム全体の約57%のヌクレオチドが塩基対を形成しており、これはランダムな配列(約30%)を大きく上回る、高度に構造化されたゲノムであることが分かりました。特に構造が安定している16の領域(「static structural regions」)を同定し、その中でも5′末端(218ヌクレオチド)と3′末端(401ヌクレオチド)が最大で、平均66.5%が対合していました。ウイルスの外殻タンパク質をコードするVP1・VP2遺伝子領域では、こうした安定構造の割合が約60%に達していました。

構造を壊すと何が起きるか

次に研究チームは、アンチセンスLNA(ロックド核酸)や構造をほどく変異を導入し、同定したRNA構造を意図的に破壊する実験を行いました。すると、培養細胞内でのウイルス複製が有意に阻害され、正常なマウスではウイルスRNA量が減少し、免疫不全マウスでは体重減少や致死性が軽減されることが確認されました。さらに、特定のRNA構造がゲノムRNAとサブゲノムRNA(sgRNA)の翻訳を、互いに逆方向に制御していることも突き止めました。

「壊れにくい」弱毒化ウイルスの設計へ

これらの知見を踏まえ、研究チームはRNA構造を標的として遺伝的に安定な弱毒化ウイルスを合理的に設計しました。このウイルスは、従来の弱毒化ワクチン株が抱えがちな「連続継代による復帰変異」の傾向を示さず、生体内で防御免疫を誘導し、二次感染時のウイルス複製を制限することが確認されています。

研究の意義と今後の展望

本研究は、感染細胞内でのRNA構造マッピングと動物モデルでの機能検証を結びつけることで、ノロウイルスの生物学におけるRNA構造の必須の役割を明らかにしました。研究チームは、この手法がノロウイルスに限らず、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含む他のRNAウイルスにも応用可能な、一般化された枠組みになりうると述べています。RNA構造という新たな標的軸を加えることで、抗ウイルス薬やワクチン開発に新しい戦略をもたらす可能性があります。

[Cell誌] [Yale News] [PubMed]

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