分析目的と質量分析計の種類について-3:質量分析部(飛行時間)編

質量分析屋の髙橋です。
前回から質量分析部の話を書き始めていて、先ずは“イオントラップ”を取り上げました。前回予告した通り、先ずは定性分析向けの質量分析部を取り上げていこうと思いますので、今回は“飛行時間質量分析部”を取り上げます。飛行時間は英語ではtime of flightなので、飛行時間質量分析計は通常TOFMSと略されます。タイトルは質量分析部としていますが、ここでは書きやすいので、略語ではMSを使う事にします。
このシリーズでは、余り原理的な事は書かず、特徴や用途に関して中心に書いていこうと思います。TOFMSの特長は、質量分解能が高い事とスペクトル取込スピードを速く設定できる事でしょう。TOFMSがMALDIとの組合せで日本市場に登場したのは、もう30年以上前になると思いますが、当時は決して質量分解能の高い装置とは言えない代物でした。TOFMSはパルス的にイオンを生成するイオン化法との組合せが容易なので、MALDIとの組合せにおいて最初に実用化され、EIやESIのような連続イオン化との組合せが可能になったのは、直交加速と呼ばれる技術が開発されてから後の事です。そして、TOFMSが高分解能質量分析計として認知されるようになったのも、凡そその頃からだと思います。
高分解能の利点は、低分解能では重なってしまうm/z値が近いイオン同士を分離出来る事つまり選択性の高さと、イオンのm/z値を正確に測る事が出来る事です。イオンのm/z値とイオン種から元の分子の質量を推測する事が出来るため、“イオンのm/z値を正確に測る事=分子の精密質量を知る事”となり、その数値から分子を構成する元素組成即ち分子式を推測する事が出来ます。分子式が推測できるというのは、定性分析においては本当に重要で、特に有機合成の分野で論文を書いた場合、高分解能質量分析による組成推定の結果を記載する事は、必ずと言って良い程求められると思います。有機合成の分野では、狙った通りの構造の化合物が合成出来たかを、様々な分析技術を使って確認する訳ですが、主役はX線やNMRです。詳細な構造はこの2つで確認できるので、質量分析に求められるのは、分子の質量と分子式くらいになります。合成品ですから、NMRを測定出来るだけの“量”を確保する事は、それ程大変ではない訳です。