
私が抗ペプチド抗体をはじめたきっかけは、以前に書いた通り、ペプチド合成機に出会ったからです。
1980年代後半のことでした。東京大学医科学研究所の三号館地下の一室に鎮座していたアプライドバイオシステムズ社(当時の社名)の430A は名機でした。当時はまだまだ普及していなかった 新しいケミストリー( Fmoc)にも対応していて、欠点といえば樹脂を攪拌するのがボルテクスミキサーのような動きだったので長鎖ペプチドの合成には不向きだったくらいです。結局、本機では Fmoc 合成はやらずに、もっぱら tBoc 誘導体を使いました。ペプチドはグラム量を合成できたので抗体作成だけに使うには十分すぎでしたが、とにかく費用がとんでもなくかかって、赴任したての下っ端助手が共通機器の稼働経費を捻出するために委員会の偉い先生方に頭を下げて周ったのを思い出します。
このころの研究テーマは、白血球のスーパーオキシドアニオン産生系でした。特に、この電子伝達系の中心的存在であるb型シトクロム(Cytb)は、大小二種類のサブユニットから構成される膜たんぱく質で、食細胞の形質膜において細胞外の酸素分子に電子を渡すという酸化還元過程の重要な役...